ありがとうと思われる人生に
人が生きていれば、身の回りの物は少しずつ増えてまいります。
そして時がたつうちに、必要でなくなるものも出てまいります。
本日、人形供養をさせて頂きました。
人形のように長く寄り添ってくれたものは、たくさんの思い出が重なっており、ただ不要品として片づけるだけでは済まない思いが残ることがあります。

もう不要になったからといって、ただ捨ててしまうのではなく、ありがとうの心でお送りしたいと願うのであります。
人形にも役目の終わりがあるように、私たち人間にもまた、いつかこの世を去る時がまいります。
それはだれにも避けることのできないことであります。
どうせ迎えるその時であるならば、惜しまれながら、そしてありがとうと思っていただきながら、
静かに去っていくことができたなら、これほど嬉しいことはありません。

人は生きているあいだ、さまざまなものを持ち、また多くのご縁に支えられて暮らしております。
けれども、人生の終わり、死ぬ時に持っていけるものはありません。
心に残るのは、どれほど蓄えたかではなく、いただいたご縁にどう応え、何を人のために残したかということではないかと思うのです。

人形にありがとうと手を合わせる今日のご供養 人形供養 は、物との別れであると同時に、
自分はこの先、何を残して生きるのかを見つめ直すことでもあるのかもしれません。
感謝して生かす心 その積み重ねが、やがてありがとうと思われる人生につながっていくのではないでしょうか。






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