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お棺をかつぐルーツ|お釈迦様の父の葬儀

夜景 雲林寺 長野原

仏式の葬儀では、出棺の一連の儀式が終わった後、ご遺体が入った棺を霊柩車へと運びます。

棺を運ぶのは、主に遺族の親族、男性を中心とした六~八人ですが、この慣習のルーツはお釈迦様の父の葬儀の時がはじまり、と言われています。

お釈迦様が68歳の年、お釈迦様が誕生したお城、カビラ城から使者が来ました。

それは、お釈迦様の父である、じょうぼん‐のう(浄飯王)が自らの死期を予知し、「息子に会いたい」という知らせでした。

お釈迦様は浄飯王の病いの知らせを受けると、弟子たちを伴いカビラ城へと出発しました。

お釈迦様は王である父を見舞い、宮中の人々に仏法を説きました。

カビラ城に着いてから一週間後に王は息を引き取り、王が崩御されると、釈尊は重臣たちと葬儀の準備を進めました。

たくさんの香料を溶かした汁で王の身体を洗い、きれいに拭きとったあと、絹の布で全身を覆い棺に納めました。

7つの宝石で遺体を荘厳したあと、棺を台座の上に安置し、華を四方に散らし、香をたいて父を供養しました。

棺を葬場に送る際、お釈迦様は親の恩義に報いるために自ら棺をかつぎました。

お釈迦様の弟、子供、従弟も棺をかつぎました。

この棺をかついだ4人は、王から見て実子、甥、孫にあたります。

日本の葬儀において、故人の実子、兄弟、孫と言った血縁の者が棺をかつぐ習慣は、お釈迦様を始めとする因縁の深い人々が、浄飯王の棺を擔いで葬儀を営んだことに由来しています。

守 雲林寺 長野原

親に対する最後の孝行は、その遺体を最後まで守るという事なのかもしれません。

涅槃図(ねはんず)を解説します

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