お寺の美術鑑賞を楽しむ
今年のお盆も、多くの方々にお参りいただきました。
ご先祖を偲び、御焼香される皆さまのお姿に、尊いご供養の心をあらためて感じました。
お参り頂いた方の中には、寺院内に伝わる美術品へ関心を持たれたのか、静かに鑑賞される姿が見られました。
本堂内には、ご本尊をはじめとする仏像、仏具、天上絵、絵画、書作品、欄間(らんま)などが多くございます。
開山堂の天上絵
天蓋(てんがい)
開山堂と欄間彫刻
中でも、雲林寺正面玄関でお客様をお出迎えする欄間(らんま)彫刻は、厚さ約30㎝、裏表の両面彫りとなっており、圧倒的な存在感があります。
正面(表面)
裏面
天井と鴨居のあいだに設けられる欄間(らんま)は、光や風を通しつつ、仏教的なモチーフが両面にびっしり彫り込まれております。
この欄間は現在の本堂建立の際に創作されたものと歴代住職より伝えられていましたが、専門的見解によると、天明噴火(1783年)以前の材である可能性が検討されております。
曹洞宗としての雲林寺が開山する以前、臨済宗妙心寺派に属する龍幡和尚が1263年に雲林寺を創建されています。創建場所は、現所在地より北東1㎞ほどの大字長野原貝瀬地区です。
創建より約300年間、非常に栄えていましたが、大火災で亡失してしまいます。
1559年、海野幸光が開基となり現所在地となる大字長野原に伽藍を再建しましたが、1783年の浅間山の噴火により雲林寺は倒壊します。

噴火から23年後、地元の有志が集い現在の雲林寺を再建して現在まで護持されてきました。
なぜ、正面玄関の欄間が天明噴火以前の古材である可能性があるのか。歴史研究家で工学博士の作田先生によると、
○欄間の仙人図、龍、飛天は臨済宗寺院に多いモチーフであること。



○欄間の厚みは30㎝級あり、江戸中期の特徴と一致し、周囲の建材より明らかに古く天明噴火以前の材である可能性が高い
○欄間の「源」の字は川越大工系譜の特徴と一致。川越の大工は江戸期に武蔵→上州→信濃→越後まで出稼ぎしており、吾妻郡は出稼ぎ圏の内側で通り道でもありました。臨済系図像を扱い慣れた川越大工が関わった可能性がある。
今後、研究により雲林寺の欄間(らんま)の制作年代が明らかになることを期待しています。

寺院建築は、天井画や木彫などが、空間を清らかに整え、見る人の心を仏の世界へ向ける役目を担ってきました。
お盆のお参りへお寺に来られた時、ご本尊様のお姿や天井絵、欄間などをご覧になって、思いがけず心がなごんだという方もおられることでしょう。
お寺の天井絵や欄間の細やかな彫りに目を向ければ、そこに込められた昔の人の祈りや願いが感じられます。
お盆はご先祖さまをお迎えし、そしてまたお見送りする季節です。
そうした美しさに心を向けるひとときもまた、ご先祖さまや仏さまとのご縁を味わう時間なのかもしれません。






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